小説

1.

また、あの人だ。

そう思いながらコヨリは、カランカランと鳴る入口に目をやりながら、いつもの営業スマイルを見せた。

入ってきたのは30代半ばの無精髭を生やした細身の男性だ。頭に黄色いベレー帽のようなものを被り、それに合わせたように黄色いジャージを上下で着ている。彼が今まで別の色のジャージを着てきたことは今まで一度もなかった。

彼は、いつものように窓際奥の隅に腰を落ち着かせると、持参してきたハードカバーの本を読み始めた。

コヨリは少し遠慮がちに「ご注文は・・・」と訊いた。

「ホットコーヒーを・・・。」彼は特に表情を変えることもなく目だけコヨリの方を向き注文を言い渡すとまた目線を本に戻した。

なるほど、今日は「ツレヅレシオン」を読んでいる。そういえばこの前は「キママナシオン」という本を読んでいた気がする。

シオンという名前は別にカントーのシオンタウンというわけではない。ただ、これを書いた作者がシオンというだけだ。タイトルから察するに紀行記といったところだろう。文学小説とかに出てきても不思議ではなかったが、まさか自分の名前を使うことはないだろうとコヨリは思っていた。

彼女はそんなことを思いながら店のマスターに注文を伝えた。だが、既に彼の手には片手鍋が握られていた。鍋ではコーヒーが煮立っている。

初めて彼がここを訪れてきた時はコヨリを驚かせたものだ。彼はメニューを一通りみて「ターキッシュ・コーヒー」と注文したのだ。

これを注文したのは彼が初めてだった。なぜなら、メニューには載っていない・・・いわば裏メニュー的なものだからであった。

とはいうもののここのマスターが大のコーヒー好きで大抵のコーヒーの美味しい入れ方を心得ており、よく常連客などに勧めている。

わざわざメニューにないのは器具の関係である。

このターキッシュ・コーヒーを作るには柄杓型の鍋でなおかついい塩梅の深さの鍋が必要だ。この店にはその鍋が一つしかなかったのだ。なので、これを一度に注文させると客たちを待たせることになる。喫茶店という場所で客を待たせるというのは死活問題になりかねないとマスターは考えていた。

そのため、彼は本当に一部の客にしかそれを勧めなかった。

だから、初めての彼がそれを注文したのは驚いた。最初客の誰かから聞いたのかなと思っていたが、前にコヨリがそれとなしに尋ねてみると彼は「店に柄杓型の鍋があったから」だと答えた。

「でも、うちは料理だって出しますよ?軽食程度ですが・・・デミグラスソースやクリームソースを作る時も使います。」

「確かにそれだと片手鍋は使うかもしれないけどあれじゃまずそれはやらないさ・・・まず小さい。普通ならもう少し汎用性の出る大きめの鍋を使うはずさ。それにここのソースはあのフライパン鍋で使うんだろ?」そう言いながら彼はマスターの後ろに掛けてある浅鍋に視線をやった。

「あっ!」思わず声が出た。まさしくその通りだった。それはソース作り用にマスターが買った浅鍋であった。

「喫茶店なのに細かいところにまでこだわる。僕の第一印象だった。色々なコーヒーメーカーがあることからマスターがコーヒー通であることもわかった・・・これだけ揃っていてターキッシュ・コーヒーがないということの方が不自然さ。」

凄い・・・とコヨリは息を漏らした。入店して席に着くまでの間彼はそこまで見抜いた上でそのコーヒーを頼んだということなのだ。小説やドラマでしか見たことのない名探偵というものを彼女は見た気がした。

それから彼女の興味は一気に彼に惹かれていった。

彼が読書を終え、一息つくと、それとはなしに話しかけたりもした。

内容は他愛のないことだ。最近のポケモンリーグの戦況、この前みかけた変わったポケモン、前に読んで面白かった本の感想など・・・

読書家でよかった。彼女はそう実感した。

彼が来た後はいつもなぜか心が弾む。なんだろう友達とバカ話を目一杯した時とはまた違うそんな感覚・・・。彼女はまだそれがなんなのか分からないでいた。

コヨリが彼と談笑していると、入口から音がした。そうやらお客らしい。

彼女が慌てて「いらっしゃいませ!」と入口の方へと目をやると、また見知った二人組の女性客が入ってきていた。この二人組も彼女が気になっている常連客だ。

「私、ミルクティー、ホットで。」

「あ、私メロンソーダー!」

そう言いながら二人はこれまたいつもの相席に腰をかけた。

彼女たちを横目にコヨリはこの二人の名前を思い出していた。とても印象深い名前だったことを覚えている。

ヤサカコウとナガモリヤマトだったな・・・とコヨリはまたその妙な名前に好奇心が掻きたてられていた。



第16話「ある喫茶店での休日」

2.

永森やまとと八坂こうがこの店に訪れ始めたのはほんの5日前のことだ。訪れる理由は特に何もない。ただ単に友達と雑談しにきたという感じだ。

話す内容も本当に世間話といった感じでこうの方は最近この辺で見つけた面白いアニメや漫画の話を一方的に話し、やまとがそれを聞き流すといった感じだ。

他には最近新聞を賑わせている事件や、聞き始めたばかりというラジオの感想、美味しいスイーツの店の話、近所のゲーセンでの戦績など様々だ。

来る時間もけっこうまちまちで朝だったり、昼だったり、夕方だったり、夜だったりする。

黄色い無精髭の男と一緒にこの場にいるのは今日が初めてだ。

「それにしてもこうは毎日よく飽きないわね?」やまとが運ばれてきたミルクティーに口をつけながら言った。

「え?飽きないなぁってここに来てからまだ5日くらいだよ?全然飽きないよ!」こうが笑いながら言った。その答えにやまとは半ばあきれ顔になることがわかる。

「まぁ別にいいけど・・・あんまりお金使い過ぎちゃダメよ?私は一銭だって貸さないんだから。」

「はいはい分かってます分かってますよ?」そんなこうの半笑いを浮かべた表情を見てやまとはため息をついた。

こうがメロンソーダーを半分ほどまで飲むと、不意に後ろから物音がした。どうやら無精髭の男が立ち上がったようだ。

こうは横目でその男の行方を追う。どうやらトイレらしい。

トイレのドアが閉まるのを確認してこうは小声でやまとに言った。

「なんか奇抜な格好したおじさんだね?」

「人の容姿をそういう風に言うのは失礼よこう?本の即売会イベントとかではあんな格好をしてる人がいたじゃない?」

「えぇあれとこれとはまた違うよぉ・・・分かってないなぁやまとは・・・。」

「そうかしら?私には同じようにしか思えないけど」やまとはそう言い終わると、ミルクティーを飲みほした。

それを傍らで聞きながらコヨリはあんな格好をした人たちが集まるイベントって一体どんなだろうと考えてしまった。

・・・本の即売会?もしかして・・・

コヨリはそこまで考えるとやまととこうの席に歩み寄った。

「あのぉ・・・」

「はい?」突然声を掛けられたのでこうは驚いた。

やまとの方は特に気にすることもなく視線をどこか別の方に向けている。

「あの・・・さっきからのお二人の会話を聞いてて少し気になることが・・・」

その時だった。入口でまた音がした。

また客だ・・・コヨリは間の悪い客に少し肩を落としながら営業スマイルを振りまいた。

「デリバッ!」

コヨリは言葉を止めた。入ってきたのははこびやポケモンのデリバードだ。

デリバードはコヨリの方に片手をあげると、まっすぐやまとの方へと向かった。そこで初めでコヨリはこのデリバードが彼女のものだと分かった。 「あら、お帰りなさい。ちゃんと届けることは出来た?」

「デリ!」デリバードはそう鳴くとポンと胸を叩いた。

「あのぉこのデリバードにも何かお出ししましょうか?」コヨリは一応ウェイトレスとしての仕事を全うしようと話しかけてきた。

「そうね・・・じゃあ冷たいミルクでも・・・。」やまとはようやくコヨリと目を合わすとメニューを開くこともなく注文を告げた。

「かしこまりました。」とコヨリが注文を告げにカウンターのマスターの下へ行こうとすると、トイレから黄色い無精髭の男が出てきた。

コヨリはさっきの即売会の話をどうしようか迷ったが、とりあえず今のところは置いておこうと思った。

それから30分が経つと、また男の方で音がした。コヨリが振り向くと男は席に立とうとするところだった。

おかしいないつもは2時間くらいいるのに・・・今日はまだ一時間も経っていない。

小首を傾げながら彼女は男から420円の代金を受け取った。

彼が店に出て行ったあと机を見るとそこにはデリバードがいた。机の上を見ているらしい。

確かにそこにはコヨリも興味をそそるような状態になっていた。受け皿のソーサーにコーヒーカップが逆さまに置かれていた。

残っていたコーヒーの液は彼がいた席から見て北にまっすぐ伸びていた。



3.

ハルヒノシティは大きく4つの地区に分かれている。

まず、南の方にはいわばこの町のシンボルといっても過言ではないピンク色のド派手なゲートがあった。細かい電飾が付いており夜になると鮮やかにライトアップするらしい。この門からミズハシティの方面へ行くことが出来るのだ。

その他にポケモンセンター、フレンドリィショップなどといった旅のトレーナーのは必要不可欠な設備も全てここに揃っている。この地区を”ゲートパーク”と名付け呼んでいる。

そして、その反対側の北の方にはポケモンジムがあり、その周りには豪勢な高級住宅地が並んでいた。また、そのジムもその周りの住居とは負けず劣らずの立派なものがあった。どうやら、ここのジムリーダーはジムと自宅とを一緒に兼ねているらしい。

人々をこの地区を”アーヤパーク”と呼んでいる。由来はジムリーダーの名前から取っているらしい。

ジムを右手にいくと地下通路があり、そこを抜けると東のエリアへと出られる。この地下通路は怪しい薬や怪しい占いなどと言った曰くありげなお店が並んでいる。また、ここにはたまに野生のベトベターが住んでおり、臭いの方もかなりつらいものがある。

それでもここの地下通路を使う人間は少なくない。北の”アーヤエリア”から東の”エンターエリア”への近道になっているからだ。

エンターエリアは娯楽施設が多く並びゲームセンターやバトルテントなどといった様々なジャンルの娯楽がある。

中でもひと際目立つのは20階建ての大型デパートの存在だ。ここに行けばある程度のものがそろっている。その為ここで買い物全てを済ませようとする人も少なくないが、その周りには専門店が多く立ち並ぶので決して他の店がデパートすべてに客を持っていかれているということではないらしい。

最近ではアニメや漫画のグッズが販売されている専門店が並ぶ”ポケオタロード”というものも出来た。

そして、西の地区には”グルメエリア”・・・文字通り飲食店が並んでいる。

ファーストフードはもちろん、本格パスタやステーキ屋などといった高級店まで立ち並ぶ。

喫茶”コヨリ”もそんな”グルメエリア”にあった。

その店から黄色いジャージを着用し、無精髭を生やした男・ギルが出てきたのは時刻が午後16時になろうとした時だった。

ギルは辺りをキョロキョロ見渡すとゆっくりと東の地区”エンターエリア”へと歩を進めた。

歩いて15分ほどすると、”エンターエリア”最初の施設UFOキャッチャー専門のゲームセンターが見えた。店頭に設置された機械の中に入っているのはアチャモやガーディたちの炎タイプの人形だ。

彼はそこを左に曲がると、地下へと続く階段を見つけた。彼は少し小さく深呼吸すると中へと入っていった。

中は夕方だけありかなり薄暗く、階段も妙にヌルヌルとし油断するとそのまま滑りこけそうだ。

ギルは少し慎重に階段を降りると、怪しい男女が怪しい商売をしている店が並ぶ通りをまっすぐ歩いた。

彼が通ると「お兄さん、ちょっと見ていってくだせぇ」と何人かの男が声をかけた。

ギルはそんな声を無視しながらうす暗い道をひたすら進んだ。お兄さんと呼ばれるほどの年齢の人間じゃないのだ・・・と彼は髭を弄りながら思った。

やがて、ギルの足が止まった。通りに入って丁度13軒目の店は占い業を営んでいるらしく看板に”うらない本舗”と書かれていた。

彼はそこで占い師をやっている女性と同じ位置の目線になるくらいまでに腰を下ろした。女の顔は細く、鼻が高く目もつり上がりとても美形といえるような顔立ちではなかった。

「やぁ、久しぶりだね?」ギルは愛想のいい口調でその女に話しかけた。しかし顔は全然笑っていないことに女は顔を下に向けながら察することができた。

「何の用?」女は明らかに迷惑そうな口調で言った。

「何って・・・君は占い屋だろ?占いをして貰いに来たんだよ。」

すると、女は右端の口をつり上がらせた。「冗談。こんな薄暗い場所であなたの手相なんか見れなくってよ?そんなこと、あなたも分かってるはずでしょギル?」

「占って欲しいのは一つ。」女の言葉を無視し、ギルは人差し指を顔の前に立て注文を出した。「近いうちに大地震が起きるか否かだ。」

すると女は笑った。笑い言った。「バカね?このアーヤスは過去200年もの間大地震という自然災害を直に受けたことは一度もないのよ?なのに・・・なぜ?」

「今までないからといって明日もないとは限らんさ。むしろ今までなかったのが恐ろしいくらいだ。」

それを言うと女はまた笑った。「それもそうね?いいわ。占ってあげる。」

そう言うと彼女は手元にある水晶玉は凝視した。この薄暗い環境で一体なにが見えるのだろうか。ギルは少し不思議そうにその球を見つめた。

やがて女は顔をあげ、小さくいった。「起きない」と。



4.

ハルヒノシティには大きく4つのエリアがあるが、それらの分岐点のように4エリアの中心にはそれぞれのエリアへ続く4つの門が設置されている大きな広場があった。

祭りなどが起きると出店などもここに集中する。周りの建物はあまりパッとしないマンションが立ち並んでおり、その中に小さな交番があり、ジュンサーがそこに勤務している。

この広場は普通の公園に比べてかなり広く、トレーナーたちの間ではよくポケモンバトルがさかんに行われている。

その光景は日常茶飯事・・・。どんなバトルが見れるのかと胸を躍らせながら毎日ここへ来る人間もいるらしく、そんな野次馬たちのためなのかこの広場の一角には小さなアイスクリーム屋が建っていた。

買い出しの帰りだったコヨリもそんな中央広場を横切った。

同じ食材を買うのなら同じ地区のグルメエリアを利用すればいいが、マスターお気に入りのコーヒー豆は”アーヤエリア”で買っていた。このエリアでは時折そういうものを売っていることが多い。

コヨリがそこを通るときはもう既に夕方を回っていたためコヨリは暗くなる前にと少し足を速めた。

広場では相も変わらずバトルをしているらしく時折アイスクリーム屋の方から品のない応援が聞こえてきた。

彼女はろくにそれを見ようとはせずにそこを通り過ぎようとした。

「ニューラ、”れいとうパンチ”。」

コヨリの足が止まった。そして振り返る。目が大きく見開いた。

「ヤマトさん・・・!」

広場でバトルをしていたのはコヨリの働く喫茶店の常連客であり、昨日も友人とともに来ていた永森やまとだった。

やまとはニューラを使い、相手のキレイハナを圧倒していた。

コヨリの体は完全にやまとの方を向き目と脳に彼女の動き一つ一つを焼き付けていた。

やまとはその場から一歩も動くことなく胸の前で腕を組み、ニューラに的確な指示を出していた。それに対し相手の女性は少し力んだように右足を前に一歩大きく踏み出した。

「キレイハナ、”ドレインパンチ”!」

「ニューラ”ブレイククロー”。」

両者の右腕が前に突き出される。キレイハナの”ドレインパンチ”はニューラの”ブレイククロー”に比べて遅かった。それ故間合いに入る前にニューラに迫られ逆に間合いに入られ懐に一撃を喰らわされた。

そして、そのままキレイハナが倒れ、戦闘不能となった。

「まずは一勝ね?」やまとは言った。

それを聞き、相手の女は悔しそうにキレイハナをモンスターボールに戻した。そしてすぐ別のボールを手にした。

「エネコ!」

「ネー!」エネコは猫のように体を大きく伸ばすと愛くるしい声で泣いた。

普段あまり興味を示さなかったポケモンバトルであったが、コヨリはつい見入ってしまった。

やまととニューラのその美しさについ見とれてしまったのだ。すると、不意に後ろから声を掛けられた。

その人物は野次馬たちが集うアイスクリーム屋に腰かけていた。八坂こうだった。

コヨリは少し小走りでこうに近づくとこうは片手をあげながら笑顔で挨拶した。それにこよりも頭を下げた。

「あの・・・やまとさんってポケモンバトルお好きなんですか?」

座るや早々コヨリは気になっていることを聞いた。

「さぁ?どうだろうね?好きそうに見える?」食べていたカップアイスのスプーンをやまとの方に向けながらコヨリに気づいた。

コヨリはもう一度やまとに目を向け首を傾げた。「見えませんね。」

でしょ?というとこよりはクッキーバニラのアイスを口に入れた。そして愛想よい笑いをすると「このバトルが終わったらまたコヨリちゃんの店に寄らせてもらうよ?」

それを聞いてこよりは慌てて首を振った。毎週水曜日は喫茶”こより”の定休日だった。

それを聞き幾分残念そうな顔をするこうにコヨリは笑顔をこぼした。まるでこの町に喫茶店が”こより”しかないような本当に困った顔だった。もちろんこの”グルメエリア”には喫茶店はまだある。

通い始めてまだ一週間も経っていないはずなのにここまで贔屓にしてくれる同年代の女子の存在が彼女には嬉しかったのだ。

じきにバトルが終わった。結局2戦目のエネコもやまとのニューラが下したようだった。

相手の女はエネコを抱きかかえてやまとに近づくと握手を求めた。

やまとがそれに応じると悔しそうに彼女は歯を見せ笑った。

「いいバトルをありがとね!最近連勝中でつい油断してたのね。私、エミリィ・・・。またバトルやりましょう?あなたみたいな強い人久々よ!」

「えぇ・・・会うことができたらね?それまでお互い顔を忘れないように気をつけましょう・・・。」

「大丈夫!私記憶力だけは絶対の自信があるから・・・あなた名前は?」

「永森やまとよ・・・。」一拍間をおいてやまとは名乗った。

エミリィは少しの間、やまとの名を呟くと、納得したようにまた笑顔を見せた。

「じゃあ、やまと!またいつかどこかで!」

彼女の去り際のウィンクが実にコヨリには印象深く残った。

その横でこうが立ち上がり、やまとに駆け寄った。



5.

およそ三日ぶりに黄色い無精髭の男が喫茶”コヨリ”を訪れていた。

彼はコーヒーを頼むと、また例のターキッシュコーヒーが出てきた。

その日の彼は少し様子が違った。 いつも本を読んでいる彼が今日読んでいるのは新聞だった。アーヤニューパーという名の新聞だ。彼はなにやら真剣に記事をめくっていた。

コヨリは少し気になり横目で彼が読んでいる記事の見出しを見た。

大きく”シェンタウン地震騒動決着”という見出しが載っていた。

地震に決着なんて言葉がつくのかとコヨリは小首を傾げた。彼女は基本ニュース番組を見ないのだ。だから知らない。

シェンタウンで地震が起きたことも彼女は今知った。だから彼女は知らない。

その記事にはこう書かれていた―――5日前シェンタウンで起きた謎の地震・・・地響きはマルマインたちによる集団爆破であるということが明らかとなった。警察のジュンサーをはじめとする捜査員は何者かによるテロの疑いで調査中。また、自称責任者であるゆい捜査官の話では「いやぁ・・・まさか鉱山ごと壊そうと思ってたなんてお姉さんびっくりだ。」という意味深なコメント残している。報道陣が真意を問い詰めた所ゆい捜査官は「あ、今のカットカット」と濁した。シェンタウンの市民からはいまだに不安の色が消えず・・・―――

そこまで読み終えるとギルは新聞を閉じた。そしてコーヒーを啜った。

「これでいい・・・これでいいんだ。」ギルはそう呟くとまた一口コーヒーを啜った。



6.

小早川ゆたかの告白があってからハセはなかなかに眠れなかった。

自分たちは異世界から来た・・・。その事実がハセを混乱させた。それを話したのがゆたかだから尚更だ。

ゆたかと目が合うと彼女は少し申じ訳なさそうに下に俯く。

「おい、ゆたか・・・」

「ん?な、なに?」

「その・・・体調大丈夫か?」

「うん・・・大丈夫だよ?心配させてごめんね・・・ごめん。」

2度目のごめんはまた別の意味だろうとハセは思った。

ゆたかは小さい溜息をはいた。

どうして自分がこんなこと言ってしまったんだろう。だけど助けてもらったから・・・お世話になったから秘密にはしておきたくなかった。

最初、彼もこの事実を受け止めてくれると思い話したことだった。だが、彼は戸惑うばかりだ。気味悪がられたのかもしれない。

一分一秒彼の顔を見るたびにゆたかの不安の黒い霧が晴れることはなかった。

みなみもゆたかの様子が気になり何かあったのかと二人に聞いたが互いに「なにもなかった」と答えるだけだ。

そんな空気を察したのかみゆきが柄にも合わない大声で集合をかけたのはお昼少し前のことだった。

「えぇ・・・私たちはこれからこれより西を目指し、ジーエシティを抜けその先のハルヒノシティへ向かいたいと思います。本当は小早川さんの体調が完全に回復を待ちたいところですがいつ追手がくるか分かりません。警察の方々が目を光らせているからといって油断は禁物です。」

みゆきはそう言うとみなみとゆたかは頷いた。了承の意だ。

それに対しみゆきも頷くと言葉をつづけた。

「それでは、出発します。まず目標はここから先にあるというロンガタウンです。今から行けば日が沈む頃には着くみたいなので・・・」

もちろん、これはゆたかのペースに合わせて着く時間だ。

みゆきはお世話になった人たちに挨拶を済ませていく。それにみなみ、ゆたかも続く。

「それではユリシさん・・・後はよろしくお願いします。」

みゆきが頭を下げるとユリシは胸を叩き「任せてですぅ!ここの安全は熱りが冷めるまで私が死守します。」と豪語した。

そしてみゆきはハセの方へ目を向けると優しく微笑んだ。「ハセさんもお世話になりました。またどこかでお会いしましょう。」

「ゆたかが攫われた理由最後まで教えてくれなかったな」ゆたかに聞こえないようにハセは小声で喋りみゆきを睨みつけた。

「はい。そうですね?教えられないというのもないと言えば嘘になりますが・・・私たちにもよく分かってないんですよ。憶測だけを話してあなたを心配させる必要もないですし・・・なにより・・・」

「なにより・・・?」ハセが聞き返すとみゆきはまた可愛らしい笑顔をハセに向けた。

「・・・禁則事項です。」

「・・・ちぇ、なんだよそれ!」

ハセはそう言いながら自分から離れていくみゆきをまたにらみつけた。

少し拗ねたような眼で視線を前に戻すとゆたかが立っていた。

「お別れだね?3日ほどの付き合いだったけど私は・・・私は楽しかったよ?あとごめんね?」

また”ごめん”。ハセは呆れたように溜息をついた。

「バーロォ!何謝ってんだ?お前が謝る必要なんてねーはずだぜ?気にすんな!」ゆたかの額を人差し指で小突きながらハセは言った。

「でも、迷惑かけちゃったし・・・」

「だから気にすんなって言ってんだろうが!それにこれはこっちの喧嘩でもあるんだ!」

「へ・・・?」

「俺達の大事な宝物達をめちゃくちゃにしてくれた奴らのな・・・。まだ決着はついてねー。迷惑かけただのごめんだのありがとうだのそんな締めの言葉を喋るのはまだ早えーよ!」 ハセは笑いかけた。ゆたかの目頭がたちまち熱くなった。

「俺もお前らが出て行ったら旅に出るよ!もとよりポケモンマスター目指してたしな。」ハセはどこか照れくさそうに頭を掻くとゆたかの頭にの手を置いた。

「また会おうぜゆたか!オメーの身の上話はいつかまたゆっくりと聞いてやるよ!」

その言葉に笑顔と涙が零れた。「うん!絶対だよハセくん・・・」彼の手は温かかった。


「ゆたか・・・行こう。」

みなみが手を差し伸べた。笑う彼女の方へゆかたは歩きだした。

「顔色、良くなったよ?」

「え?そうかなぁ・・・。」

「うん・・・そうだよ。」

「えへへ・・・ハセくん、みなみちゃんと一緒だったよ。」

「え?」

「手が・・・温かかった。」

そう言ってゆたかはみなみの手をぎゅっと握った。


あとがき


どもぽちゃです。

みなみ編・・・あくまでみなみ編ですww

問答無用の伏線回!!

まぁ回収できる程度の伏線なので拾い漏れはないはず・・・。

やまととこうを予定よりも早く出しましたがいかがだったでしょうか・・・特にやまと。ヤマトラマンverじゃないやまとはよく分からないww

あとぽちゃ小説には必ず出てくるミステリー要素と名探偵とコヨリ・・・。それを今回一応出しときました。

ポケモン関係ねーと思うかもしれませんがご安心を

次回はポケモン視点メインになると思います。

じゃ、また!